Tの備忘録

ダイアリーや書評など。

自己組織化と進化の論理

第1章

いま姿を現わしつつある複雑系の科学は、多元的で民主的な社会という概念に対しても、新鮮な支えとなりうるであろう。本書の目的はこの新しい視点に貢献することにある。

P19で、カウフマンはこのように述べている。
では、複雑系とは何だろうか。
以下、Wikipediaからの引用。

複雑系(ふくざつけい、英: complex system)とは、相互に関連する複数の要因が合わさって全体としてなんらかの性質(あるいはそういった性質から導かれる振る舞い)を見せる系であって、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでないようなものをいう[1]。

ではカウフマンはどのようにしてこの複雑系に貢献するというのだろうか。 P25では以下のように述べている。

ランダムな突然変異と自然淘汰。この二つがなければ、支離滅裂な無秩序以外のなにものも存在しかなったであろうとわれわれは推論してきたのである。私は、本書に置いて、以上の考え方が間違っていることを議論していきたい。

つまり、本書はダーウィンが提唱した「自然淘汰」に抗う形で展開されていくものと思われる。実際、同じくP25で以下のように述べられている。

自然界の秩序の多くは、複雑さの法則により、自発的に形成されたものである。

また複雑系は、自然界のみならず、その他にも多様な現象において現れることを示している。例えば以下の一説がそうである。

水の中で油のしずくは球状になるし、雪片はつかの間ではあるが正六角形の対称性を示す。

さて、「自然界の秩序の多くは、複雑さの法則により、自発的に形成されたものである。」とは一体どのようなことだろうか。例えば以下の一説がそうであろう。

生存のための競争や、共進化しつつあるパートナーたちの小規模あるいは大規模な変化に適応するための競争は、ある種を最終的には絶滅に追い込み、一方で他の生物のための新しいニッチを作り出す。こうして大小規模の爆発的な種形成によって新しい種が誕生し、爆発的な絶滅により古い種が滅びていく、という終わりのない変化の連続の中で、生命のドラマが繰り広げられるのである。この味方が正しければ、生命の突発的な出現や消滅は、内部的な家庭、内因性で自然な過程によって引き起こされたということになる。こうした種形成や絶滅のパターン、すなわち生態系と時間の双方にまたがる雪崩的現象は、自己組織的であり、集団的創発現象であり、そしてわれわれが探求している複雑さの法則の自然な現れであるようにみえる。

この一説を噛み砕いた彼の仮説は以下のようなものである。

「花が蜜を提供する代わりに、花粉を昆虫に運んでもらうことや、人々がパンを作り肉と交換する現象は互いに共通しており、これらには普遍的な法則が存在しているのではないか?」

カウフマンは以下のような疑問も提唱している。

  • こうしたすべての活動や複雑さは、いったいどこから生まれるのだろうか?
  • また、その強い普遍性はどこから来るのだろうか?

このような疑問に対して、カウフマンは「たとえ詳細がわからなくても、一般的な性質を説明する理論を作ることは可能なのである。」と述べている。これがどういうことであるかは以下の一説が参考になる。

たとえば、水が凍るとき、水の分子がそれぞれどこにあるかを知らなくても、典型的な氷のかたまりについては多くのことを語ることができる。それは特徴的な温度、色、硬さをもっている。これらは構成の詳細によらない、「一般的な」特徴である。生物や経済などの複雑系でも、同じことが言えるのではないか。

このように第1章では、複雑系の法則についての仮説やその根拠を繰り返し述べている。

第2章