Tの備忘録

ダイアリーや書評など。

『20 under 20 答えがない難問に挑むシリコンバレーの人々』を読みました。

本書は2011年に最初のティール・フェローシップに選ばれた20歳未満の若者たちのシリコンバレーへの挑戦を描いたノンフィクションである。(著者のアレクサンドラが若い起業家に密着取材した期間は2011年から2016年まで6年間にわたる。)

テクノロジー業界の単語や、資金調達、企業価値についても触れられているため、テクノロジー業界に精通していない者でも読める構成となっている。

スタートアップの台頭

本書、またはティール・フェローシップはテクノロジー業界の縮図のように思えた。
アップル、グーグル、アマゾン、ペイパル、フェイスブックツイッターネットスケープなどスマートフォンが普及するよりも前に創業されたテクノロジーカンパニーが、スマートフォンの普及により身近になった。
同時にそれらの企業の成功や創業秘話が脚光を浴びるようになり、スタートアップ、プログラミング、エンジニア、デザイン、インターネット、イノベーションなどのワードは業界を超え、書店やネットニュースで見ない日はなくなった。

スマートフォン時代のスタートアップ

2010年頃だろうか。
日本でもスマートフォンが一部のアーリーアダプターだけではなく、本格的に普及してきたと言っても良い頃。
ドロップボックス、エバーノート、チャットワークなどスマートフォン時代のスタートアップを日本でも見かける機会が増えるようになったと思う。
同時に日本でも、LINEを筆頭に、グノシー、スマートニュース、MERY、Retty、IQON、Schoo、Pairs、Wantedlyなど多くのスタートアップ、サービスが立ち上がった。

それらのスマートフォン時代のスタートアップがIPOM&A、数ヶ月、毎年のように数千万、億単位の資金調達をし、成長していく様を横目により若い人材がスタートアップを始めるようになったと思う。皆が皆、そういったIPOM&Aを夢描いて挑戦していく。成功するスタートアップが世界中で増加することで起業への心理的なハードルは下がり、資金調達は前提、大学はドロップアウト、若い奴らでエネルギッシュに遮二無二働き、成功を目指す。
それはシリコンバレーでも同様である。

ミレニアル世代のスタートアップの葛藤

ミレニアル世代がはじめるスタートアップでは、ガレージで起業大学をドロップアウトして起業数千万、億単位の資金調達など、成長するエコシステムの中で、半ば神話化した既成概念と現実とのギャップは必ず生じているだろう。インターネット黎明期、スマートフォン黎明期ほど、暗中模索の中実行している訳でもあるまい。
ミレニアル世代のスタートアップは成功事例を知っており、自分自身も成功できると思っているはずである。成熟しつつある既存のテクノロジーと、VR、AR、AI、自動運転、ゲノム編集、ドローンなどのテクノロジーとどう向き合っていくべきかを考えているかもしれない。

17歳でティール・フェローシップに選ばれたジョン・バーナムはシリコンバレーのスタートアップが何を最終目的にしているかという疑問をよく抱いたという。つまり、シリコンバレーのテクノロジー企業は本当に世界を変えているのか、良くしているのか、または悪くしているのかという疑問である。バーナムはこれに対し、人生にとって何が良いものであるかを判断できる基礎が必要であると考えた。しかし成功の基準は得てして利益を上げているかである。バーナムは利益というのは人間の全体像でもないし、存在の意義でもないと考え、何をすべきか、なぜ世界はこのようになっているのかを勉強するため、シリコンバレーとは違う道を選択することにしたという。

バーナムの選択は人生の選択としては間違いでも正解でもないはずである。
そして彼の抱く疑問は最もであると思う。クレイトン・クリステンセンによるイノベーションのジレンマを考えてみても、スタートアップ、またはそのエコシステムというものは不可欠であり存在する意義があると思う。また、スタートアップの大半は死に、成功するのは一部だとも言う。であるから、チャレンジする母数そのものが増えること自体、1つの価値となるはずである。しかし一方で、既に成功しているスタートアップからもたらされる既成概念や遮二無二に働く同世代や自分自身、不自然な企業価値をみて、ふと我々の目的とはなんだったのか、そもそも何故世界はこうなっているのかという疑問を抱くのは当然のようにも思える。

スタートアップ・シリコンバレー・テクノロジーに対する1つの答え

「世界を変える」というフレーズはあまりに多用された結果、ある種の決まり文句になり、「本当に崇高な目的を追求している人間は誰かいるのだろうか?」と疑問に思うフェローはバーナム以外にもいたという。一方、シリコンバレーでも東京でも中国でも「金持ちになりたい」という欲でスタートアップをしている人はいるだろうが、これもまた、スタートアップは金銭や法律などに縛られず、S級の異端児どもが少数精鋭でテクノロジーをもって世の中を変えていくという既成概念とコンフリクトを起こしているだけと考えることもできる。

本書ではこれらについて、「シリコンバレーにせよどこにせよ、成功するためにはやはり懸命に働く必要があるのだ。」と結論付けている。
全くである。もし我々が成功するとしたら、1夜にしてビリオネアという神話や、既に成功しているスタートアップや世間のトレンド(AIやVRといったホットワードなど)に惑わされず、同世代の資金調達を涼しい顔で流し、ユーザーが欲しいと思うもの、またはユーザーが気づいていないだけで本当に必要なものを信じ、ただ懸命に働くというのは1つの考え方だろう。我々がそうでありたいと思うだけで1夜にしてビリオネアになったとされる起業家たちも、実際はそんなことは考えず、ユーザーのために、世界のために、または自分のために、ただ懸命に働いていただけかもしれない。結局、既存のスタートアップや既成概念は結果論でしかないはずで、スタートアップは結果から何かを選択するのではなく、何もないところから何かを生み出していかなければならないのだろう。

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