読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Tの備忘録

ダイアリーや書評など。

【書評・考察】現代語訳 論語と算盤

書評・考察

本書は渋沢栄一が執筆した「論語と算盤」から重要部分を選び現代語訳した新書である。
元となっている「論語と算盤」を読んだことはないが、レビューを調べると現代語訳と言っても比較的その思考を読み解く形で訳されているそうである。
mixiのCEOである朝倉祐介氏の著書である「論語と算盤と私」という作品を読んだことがきっかけとなり購入してみた。

さて、まず本書の感想を述べたいところだが言葉で表現することが何とも難しく、強いて言うなら誰しもが1度は聞いたことや諭されたことのあるような人としての正しさについて書かれている印象を受けた。これだけの名著ともなると流石に僕の思慮が浅いが故にその程度の感想しか抱けないのではないかと些か自身を疑わざるを得ない。

なので本書を読み進めていった中で印象に残った言葉をいくつかご紹介したいと思う。


「修養」- 自分を磨くことは、どこまで続ければよいのかというと、これは際限がない。ただし、このときに気をつけなければならないのは、頭でっかちになってしまうことだ。自分を磨くことは理屈ではなく、実際に行うべきこと。だから、どこまでも現実と密接な関係を保って進まなくてはならない。

これは正しく僕自身が直面している問題でもあった。
仕事に関する知識・スキルはもちろんのこと、社会に出てみると学生時代には全く気にならなかったことや興味のなかったことに不思議と興味が湧いてくる。
つまり仕事に関わりのないことに関しても知りたくなるということである。それ自体は良いことだろうと考えているが、週末本屋に出向き興味のある本を2~3冊購入しては読みふけるといったことを繰り返しているとインプットばかりし、まさしく頭でっかちになってしまうのではないかという恐怖に駆られることがある。

全く、頭でっかちになり批判家になることだけは避けたいと思うばかりである。
常に実践家であり、何かに還元できるよう意識して「修養」に励みたいものである。


孝行は親がさせてくれて初めて子供ができるもの。子供が孝行をするのではなく、親が子に孝行させるのである。

渋沢栄一父親は栄一が18歳の頃からその頭の良さに気がつき、そのまま栄一を自分の手元においておき言う通りにさせたかったそうだが「自分のいう通りにさせたいがそれでは逆に親不孝にしてしまうから今後は思う通りにさせたい」と言ったそうだ。
その影響を受け子供と接する時も同じような態度で臨むようにしていたそうだ。

僕は親孝行とは子が親に対してするものだと思っていたが、この言葉は新しい考え方を与えてくれた。
僕は大学を4年で辞めたが親は将来の心配は少々したものの、口うるさく怒鳴ったり問い詰めたりはしなかった。
それだけではないが比較的僕の意思を尊重してくれているので親不孝を働こうと思ったことはないし、むしろできるだけ実家に身をおき親との時間は大切にしたいと思っているので確かに親が子に孝行させるという考え方もあるのかもしれないと思った。

ただ子としては自分が思うように理解されずともよっぽどな理由がない限りは大事にする心がけくらいは持ちたいものであるが。


学校の生徒など、その教師をまるで落語家か講談師のように見ている。「講義が下手だ」とか「解釈が劣っている」とか、生徒としてあってはならないような口を利いている。これを違う側面からみれば、学科の制度が昔とは違い、多くの教師に接するためもあるのだろう。しかしそれにしても今の師弟関係は乱れている。と同時に、教師の方も自分の教え子を愛していない嫌いもあるのだ。

要するに、青年は良い師匠に接して、自分を磨いていかなければならない。

これに関しては僕も大学の講義を素晴らしいものだと傾聴するどころか辞めてさえいるので目の毒とも言える言葉ではあったが、一方で「良い師匠に接して、自分を磨いていかなければならない」というのは23歳の若者としては全くそうしたいと思ったし、将来自分もそうならなくてはと身が引き締まる思いでもあった。
いやそれどころか兄弟がいる身としては年下に対しては良い師匠でありたいし、同世代の仲間たちの中でも師匠となれるよう日々努力を怠ってはならないと思うばかりであった。(だが僕は漫画を読んだりゲームをするのが好きだ)


人は、人としてなすべきことを基準として、自分の人生の道筋を決めていかなければならない。だから、失敗とか成功とかいったものは問題外なのだ。かりに悪運に助けられて成功した人がいようが、善人なのに運が悪くて失敗した人がいようが、それを見て失望したり、悲観したりしなくてもいいのではないかと思う。

成功や失敗というのは、結局、心をこめて努力した人の身体に残るカスのようなものなのだ。

これが最後になるが、こればっかりには非常に勇気付けられる。
言っていることはその通りだと思うが、「成功や失敗というのは、結局、心をこめて努力した人の身体に残るカスのようなものなのだ。」という一言は非常に力強さを感じるし、あっさりもしている。
どんなにチャレンジングな人間でも不安になる瞬間はあるはずだというのが僕の持論ではあるが、そういう時に心を奮い立たせてくれるのは大抵こういう言葉や心の持ちようなのだろう。


以上が新書「現代語訳 論語算盤」を読んで印象に残った言葉である。
さて次は何を読もう。