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Tの備忘録

ダイアリーや書評など。

ぶっくフェイバリット

ダイアリー

僕は自称、無類の本好きである。そしてまた自称、無類の本屋好きでもある。

本は誰にでも手の届く価格帯でありながら価格以上に価値のある知識を提供してくれる。
それは自己投資的な意図を持たずしてもである。

僕が初めて本に魅了されたのは中学生の頃の夏休みの宿題か何かで森絵都さんの「DIVE(上・下)」を読んだことがそれである。
それまでは小学生の頃から音読の宿題や国語の授業で小説や文章に触れることはあったものの、あまり興味は唆られなかった。

DIVEの登場人物は中学生か高校生で当時の自分と比較的年齢が近しかったことや、作品で取り上げられる飛び込みという競技と当時自分が習っていた水泳という競技が近しいものであり、非常に感情移入しやすかったことを覚えている。

そんな経緯でその時初めて、本というものは随分と面白いものだと感じた。

ただ、中学生の僕は部活動もしていたし図書室に篭って読書をするとかそういう読書習慣はなかった。
高校でも夏目漱石の「こころ」という作品と出会い、とても面白く感じたが中学生のときと同じ理由から読書習慣はなかった。

大学生になりバイトをすると、いくらかお金に余裕ができる。
洋服を買ったり、飲み食いに使ったりもしたが、本にも使った。

大学に入り、4年後には社会人というそれまでの義務教育的な環境の元とは異なる緊張感が自分の中に芽生えた。
しかしながら大人として生きるということについてこれっぽっちも考えたことのなかった僕は一体何をどう考えたら大学生活の4年間を大人の階段とすることができるか検討もつかず本屋に行ってみることにした。

高校生の頃は新しいマンガが発売されていないか確認しに行ったり、お洒落に興味を持ち始めたこともありファッション雑誌やヘアカタログを立ち読みしに行ったりもしていたが、「人生とは」とは「仕事とは」とかそういった類の疑問を持ちつつ本屋に入るとそこには全く面白そうな本ばかり蔵書されているではないか。

これは今でもそうだが、僕は本屋に入るとまずとにかく練り歩く。
面白そうなタイトルの本を見つけたら手に取り、パラパラとめくったり、目次をみたり、「はじめに」の節を読んでみたりする。
そこで一旦本を棚に戻し、同じ工程を繰り返す。
本屋全体を散策し終わったら、予算に収まる範囲で印象に残った本や欲しい本を取りに戻り、会計へ向かう。
本棚に収めたときにタイトルが見えなくなるのが嫌なのでブックカバーはつけないのがポリシーである。

こうしていると結構時間が経つ。
そもそも読書欲があまりないときや小さい書店では30分以内で収まるが、猛烈に読書がしたい時は本屋をハシゴして3~4時間もぐるぐるしていることもある。
話題書は大抵平置きされているのでネットで調べたりは特にしない。
あくまで自分の足で自分にとって面白い本を探すスタイルである。
ただし、技術書などはできるだけ鮮度の高い情報が欲しいので最新のものを調べたり、Amazonでレビューをみたりもする。

本1冊買うのにやたら時間をかけているせいか、これまで微妙だった本に出会ったことはほとんどない。
全ての本をネットで買ったらどうなるのだろう。
レビューがあるから失敗はしないのだろうか。
しかし本屋を歩き回り、色々なタイトルや中身をチラ見するのは読書と同じかそれ以上に楽しいことなのである。

だからこそ僕は自称、無類の本好きであり、無類の本屋好きなのである。