Tの備忘録

ダイアリーや書評など。

「オイラーの贈物」を読み始めた。(解き始めた?)

先日、自分より経験も長く優秀なプログラマに「二分探索」というものを教わった。
コンピュータサイエンスなど全くやらず、Ruby on Railsに乗っかってユルフワなプログラマ人生を歩んでいた(2年ほど)僕にとって「二分探索」など知る由もなかったし、知らなくてもやってこれた。

ただ「コンピュータサイエンスを学んでいないのに、プログラマやってる自分」に劣等感やコンプレックスみたいなものは予てより感じており、「二分探索」をきっかけに「アルゴリズムの勉強するかー」みたいな感じでユルフワに始めた。

でも世の中そんな甘くないというか、ものの数十分でO記法とか数学チックな話があまりよく分からん辛さにぶち当たって「これは理解できている気がせん」と思い、仕方ないので「数学やっとくか」と思うに至ったと。

さてそんなわけで「オイラーの贈物」を丁寧にはじめたわけなのだが、「なんか社会人になってから数学とか意識高いな」とか変に思われても少し嫌だなーとか有象無象の僕は思うし、誰も見てないだろうけど一応、ブログにて弁明をしておきたい。

結論、僕は「物語シリーズ」が好きなのだ。
中でも「終物語」に登場する「老倉育」という女の子キャラが好きで、どこが好きかと言うと、あまり幸福度が高くなさそうなところが好きなのだ。 それでいて決して「不幸」の一言で言い表わせるような感じでもなくて、一生懸命頑張ってる感じが好きである。

でだ。
その老倉育が何を隠そう、数学女子なのである。
しかも数学者オイラーを尊敬しているのか、オイラーの公式が好きなのか、細かいことは忘れたが、「オイラー」と呼ばれたい願望があるほどの数学女子なのだ。

おわかり頂けただろうか。
そう、僕は「老倉育」が好きで、「老倉育が好きなオイラー」に興味を持って「オイラーの贈物」を買ったのだ。
残念ながら数学の勉強がしたいからでも、アルゴリズムを極めたいからでもないのである。
実際、買って満足していたし、アルゴリズムの勉強はきっかけに過ぎない。

なんなら中学・高校くらいで「終物語」が放送されていて、僕がそれを視聴していれば、もっと真剣に、学生の頃から数学に取り組めていたかもしれないのに。

人生そんなに上手くはいかないものである。

バーンアウト(燃え尽き症候群)についての記事を読んだ。

今月(8月か9月)のHarvard Business Reviewにバーンアウト燃え尽き症候群)について書かれていて、それが結構面白かったというか共感を覚えたので備忘録として。

バーンアウト燃え尽き症候群)と聞いて真っ先に思うのは「ちょっと心の弱そうな人が陥りそうな病だな。。。」ということではないだろうか。ふむふむ、かくいう自分もそんな感じの印象を抱いていたのは確かである。

ただ個人的な結論としては、記事を読んでいて共感というか身に覚えのあるような記述が多く見られて、心の弱い自分を認めたくなくて客観的に「バーンアウト=ちょっと心の弱そうな人が陥りそうな病」みたいな印象を持っていたのかなと考え直したりした。

主な症状

バーンアウトの主な症状として「消耗感」、「冷笑的態度」、「無力感」の3つが挙げられる。

消耗感

長時間労働が当たり前となっている企業文化」や「任務の達成に必要なスキルを持たない場合」などを原因として感じられることがある。

「任務の達成に必要なスキル」って若いうちはなかなか揃ってないことが多いんじゃないかという気がするし、スキルを身につけようにも時間がかかるとか何をどう学ぶかみたいなところで結構乗り越えるのが難しい気がしている。

ちょっと違うかもしれないけど、世の中上を見ればキリがない的な感じで、スキルを身につけても相対的に自分のスキルは低いレベルなんじゃないかとか、世の中の流れが早くてスキルがあっても不安が拭えないとかそういうのもある気はする。

僕はソフトウェアエンジニアなので結構そんなことを感じたりするときもあるけど、こういうのってどう向き合ったら良いんだろうね?

冷笑的態度

端的に言うと「熱意」や「一体感」と逆の現象で、自分自身を心理的に仕事から切り離すことを指す。もっと噛み砕いて言うと、「何頑張っちゃってるの」みたいな冷めた態度しか取れなくなる現象といったところか。強い葛藤や不公平感、意思決定の場から排除されることなどが原因になりうる。

とにかく他人へのリスペクトだ!! みたいなことを誰かが言っていたけど結構その通りな気がする。

学生でプログラミング覚えて、学生ベンチャーで働いて「俺ってクレバーだな、あいつら(周りの友達)はサークルとか飲みとかバカだなー」とか思っちゃった瞬間もないとは言えないけどそういう自分は特別みたいな考えとかがそもそもの原因な気もする。(気をつけよう)

無力感

能力が足りない、成果が上げられない、生産性が低いといった感覚を指す。
「十分な時間や情報、はっきりした見込み、自分の成功に欠かせない人物との良好な関係など、仕事をうまくこなすためのリソースや支援が足りない場合」や「フィードバックや有益な承認がなく、自らの仕事の質に対する疑念や自分が正当に評価されていないというわだかまり 」が原因となる。

消耗感と似ているけどこれはもっと、「自分がいなくても良いんじゃないか」みたいな感覚寄りかな。

僕に限った話かは分からないけど、Airbnbの創業ストーリーとかを読んで、「彼らはこんな大きなステージにいるのに何故僕は…..」とか思っちゃうので小さいことでも自分で自分を承認してあげられたら一番良いのかな。

自分で自分を承認できない場合は人から承認してもらうしかないと思うので、組織的には減点方式じゃなくてポジティブなフィードバックを返すような評価制度を取り入れている組織に身をおくことが大事そう。

バーンアウトに対する最高の良薬

バーンアウトに対する対策として、

豊かな人的交流と個人ならびに職業人としての成長をたえず模索することバーンアウトに対する最高の良薬だ。

というようなことが書かれていて凄く良いなと思った。

EdTechとか〇〇Techってちょっと安っぽいなとか思っちゃったりもしてたけど、個人の成長機会を提供するってとても良いことなんだなと心の弱い僕は改心した。

うん。頑張ろう。 以上、備忘録でした。

自己組織化と進化の論理

第1章

いま姿を現わしつつある複雑系の科学は、多元的で民主的な社会という概念に対しても、新鮮な支えとなりうるであろう。本書の目的はこの新しい視点に貢献することにある。

P19で、カウフマンはこのように述べている。
では、複雑系とは何だろうか。
以下、Wikipediaからの引用。

複雑系(ふくざつけい、英: complex system)とは、相互に関連する複数の要因が合わさって全体としてなんらかの性質(あるいはそういった性質から導かれる振る舞い)を見せる系であって、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでないようなものをいう[1]。

ではカウフマンはどのようにしてこの複雑系に貢献するというのだろうか。 P25では以下のように述べている。

ランダムな突然変異と自然淘汰。この二つがなければ、支離滅裂な無秩序以外のなにものも存在しかなったであろうとわれわれは推論してきたのである。私は、本書に置いて、以上の考え方が間違っていることを議論していきたい。

つまり、本書はダーウィンが提唱した「自然淘汰」に抗う形で展開されていくものと思われる。実際、同じくP25で以下のように述べられている。

自然界の秩序の多くは、複雑さの法則により、自発的に形成されたものである。

また複雑系は、自然界のみならず、その他にも多様な現象において現れることを示している。例えば以下の一説がそうである。

水の中で油のしずくは球状になるし、雪片はつかの間ではあるが正六角形の対称性を示す。

さて、「自然界の秩序の多くは、複雑さの法則により、自発的に形成されたものである。」とは一体どのようなことだろうか。例えば以下の一説がそうであろう。

生存のための競争や、共進化しつつあるパートナーたちの小規模あるいは大規模な変化に適応するための競争は、ある種を最終的には絶滅に追い込み、一方で他の生物のための新しいニッチを作り出す。こうして大小規模の爆発的な種形成によって新しい種が誕生し、爆発的な絶滅により古い種が滅びていく、という終わりのない変化の連続の中で、生命のドラマが繰り広げられるのである。この味方が正しければ、生命の突発的な出現や消滅は、内部的な家庭、内因性で自然な過程によって引き起こされたということになる。こうした種形成や絶滅のパターン、すなわち生態系と時間の双方にまたがる雪崩的現象は、自己組織的であり、集団的創発現象であり、そしてわれわれが探求している複雑さの法則の自然な現れであるようにみえる。

この一説を噛み砕いた彼の仮説は以下のようなものである。

「花が蜜を提供する代わりに、花粉を昆虫に運んでもらうことや、人々がパンを作り肉と交換する現象は互いに共通しており、これらには普遍的な法則が存在しているのではないか?」

カウフマンは以下のような疑問も提唱している。

  • こうしたすべての活動や複雑さは、いったいどこから生まれるのだろうか?
  • また、その強い普遍性はどこから来るのだろうか?

このような疑問に対して、カウフマンは「たとえ詳細がわからなくても、一般的な性質を説明する理論を作ることは可能なのである。」と述べている。これがどういうことであるかは以下の一説が参考になる。

たとえば、水が凍るとき、水の分子がそれぞれどこにあるかを知らなくても、典型的な氷のかたまりについては多くのことを語ることができる。それは特徴的な温度、色、硬さをもっている。これらは構成の詳細によらない、「一般的な」特徴である。生物や経済などの複雑系でも、同じことが言えるのではないか。

このように第1章では、複雑系の法則についての仮説やその根拠を繰り返し述べている。

第2章

とりあえずな人生

さて、僕は勉強法を確立した。

さして頭が良くなくても何とか世間についていくために僕が考案した勉強法とは、
「とりあえず勉強法」
という数奇な勉強法である。

まあ一応解説しておくか。

とりあえず調べてみる

他人が知っていて自分が知らない知識について疑問を抱えた場合はとりあえず調べてみる。
ネットの記事だか何かを2~3記事でも読めば、何となく分かるだろう。
よく分からなくても単語の1つや2つは記憶に残るであろう。

とりあえずやってみる

調べて実践できそうなことであればとりあえずやってみる。
僕が初めてプログラミングを始めたときもそんな感じだったかな。
やってみると結局よく分からないなんてことはよくある話である。

とりあえず投げ出す

分からないもんはモチベーションが上がらない。
仕方ない、投げ出そう。
本当に気になって仕方がないことだったらまたすぐに調べたりやってみたりすることは解り切っている。

とりあえず本を読む

ふむ。
いよいよ本格的に、やっぱりちゃんと知りたい・できるようになりたいみたいな場合は、とりあえず本を読むのも大事だ。
どうせ読んだところで、全部は理解できないんだ。
諦めて、とりあえず読んでみる。文字を追うだけで終わってしまう章もあるがそれは仕方がないことだ。
最後まで読めば分かるかもしれないし、他の関連書籍ではもっと丁寧に書いてあるかもしれない。
何にせよ、その場で100%理解する自信もないのに時間を費やすなんて馬鹿げている。とりあえず最後まで読んでみよう。

とりあえず最初に戻ってみる

とりあえず本も読んだし、以前分からなかったことも少しは分かるだろうか。
とりあえず調べてみよう。やってみよう。
ふむ、どうやら少しは分かってきたぞ。できるようになってきたぞ。

とりあえず続けてみる

まあ何事も一朝一夕で事を成すなんてことは有り得ないしな。
気長に続けてみよう。

まとめ

とまあこんな具合にとりあえず調べたり、やってみたり、本を読んでみたりするだけの、極めて僕らしいダラダラとした勉強法であった。
ちなみに今まさにネットワークの勉強をしようと思い「マスタリングTCP/IP 入門編」をとりあえず読んでみている段階である。(飽きたので、とりあえず投げ出し、そんな自分を正当化するためにブログを書いた)

習慣化しよう

  • 8時間、集中して仕事をすること
  • 30分から1時間、本を読むこと
  • 6時間~7時間は眠ること
  • それ以外の時間は、状況や心境に応じて
    • 一人で考え事をすること
    • 人と話すこと
    • 専門力を深めること
    • リラックスすること
  • これらのルールを毎日繰り返すこと

僕にとって大事なルールはこれだけである。

映画『美女と野獣』観てきたよ。

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美女と野獣|映画|ディズニー|Disney.jp |

観てきました。『美女と野獣』!
なんとなく分かってたけど、
すごい感動した!!よかったわ!!(感想が月並み)

朝の風景

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美女と野獣|映画|ディズニー|Disney.jp |

美女と野獣と言えば、この歌からですよね。
僕は今まで知らなかったんですが、この『朝の風景』はアカデミー賞 歌曲賞にノミネートされた曲なんだそうです。

ベルの暮らしている村や村人とベルの関係、ベル自身の人間性が歌詞に込められていながら、物語のスタートにふさわしいポップなメロディで僕も好きな曲です。

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ひとりぼっちの晩餐会

そしてアカデミー賞 歌曲賞にノミネートされた、もう1つの曲。
『ひとりぼっちの晩餐会』。
この曲が終わってしまった瞬間の、寂しさたるや…。それほど作品を盛り上げる大事な曲な気がしてます。(誰か分かってくれるだろうか…。)

こうして考えると美女と野獣の楽曲の凄さと、純粋に音楽の素晴らしさを改めて感じさせられますね。

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実写ならではのアレンジ

今回の実写版では、3曲ほど楽曲が追加され、よりミュージカル色も色濃いかなと思います。

1つは野獣が歌う、『ひそかな夢』。
これ結構よかったです…。

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もう1曲はお城の小物や道具が歌う、『デイズ・イン・ザ・サン ~ 日差しをあびて ~』という曲。

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残り1曲は、様々な形で作中の随所で流れるとのことなので、タイトルはないのかな?サントラのセットリストでも、それっぽいものは見受けられず…。

愛の芽生え

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ギャラリー|美女と野獣|ディズニー

実写版の野獣は、アニメーション版と異なり、高等教育を受けたという設定になっています。(もともと王子ということを考えると自然ではありますが)

村で唯一、本を読むことが好きだったベルですが、野獣もシェイクスピアを読んだことがありました。野獣の意外な一面を知ったベルは、徐々に心を開き、お互いに惹かれあっていきます。

そして、そんな心情を歌った『愛の芽生え』ですよ!
最高かよ…。

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美女と野獣

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ギャラリー|美女と野獣|ディズニー

このシーンめっちゃ良かったですね。
このシーンばかりはアニメーション版を凌ぐというか、綺麗すぎる。

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ダンスを終え、テラスにて想いを告げる野獣ですが、ベルは言います。
「自由がないのに、幸せになれるの?」

( 俺: 確かに…。深い…。)

父と別れてしまったベルの心情を汲み取った野獣は、魔法の鏡で父の姿を見せ、ベルを父の元に行かせす。( ストーリーは知ってるのに、切なすぎるぞ! )

ベルを失った野獣は、塔の上まで駆け上がり去っていくベルを見つめながら『ひそかな夢』に想いを乗せ歌います。

IMAXもオススメ!

と、こんな調子で曲名で各シーンを語れるほど、『美女と野獣』の物語と音楽は切っても切り離せません。

生まれて初めてIMAXで鑑賞したんですが、IMAXの映像とサウンドは『美女と野獣』を鑑賞するのに相性抜群なんじゃないでしょうか。

特にダンスシーンなんかはIMAXで観ると、めちゃめちゃ綺麗で臨場感があって引き込まれるんじゃないかなと!( 僕はそうでした! )

IMAXじゃなくてもディズニー作品が好きな方、ミュージカルが好きな方、とにかく映画が観たい方、オススメです!!

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『20 under 20 答えがない難問に挑むシリコンバレーの人々』を読みました。

本書は2011年に最初のティール・フェローシップに選ばれた20歳未満の若者たちのシリコンバレーへの挑戦を描いたノンフィクションである。(著者のアレクサンドラが若い起業家に密着取材した期間は2011年から2016年まで6年間にわたる。)

テクノロジー業界の単語や、資金調達、企業価値についても触れられているため、テクノロジー業界に精通していない者でも読める構成となっている。

スタートアップの台頭

本書、またはティール・フェローシップはテクノロジー業界の縮図のように思えた。
アップル、グーグル、アマゾン、ペイパル、フェイスブックツイッターネットスケープなどスマートフォンが普及するよりも前に創業されたテクノロジーカンパニーが、スマートフォンの普及により身近になった。
同時にそれらの企業の成功や創業秘話が脚光を浴びるようになり、スタートアップ、プログラミング、エンジニア、デザイン、インターネット、イノベーションなどのワードは業界を超え、書店やネットニュースで見ない日はなくなった。

スマートフォン時代のスタートアップ

2010年頃だろうか。
日本でもスマートフォンが一部のアーリーアダプターだけではなく、本格的に普及してきたと言っても良い頃。
ドロップボックス、エバーノート、チャットワークなどスマートフォン時代のスタートアップを日本でも見かける機会が増えるようになったと思う。
同時に日本でも、LINEを筆頭に、グノシー、スマートニュース、MERY、Retty、IQON、Schoo、Pairs、Wantedlyなど多くのスタートアップ、サービスが立ち上がった。

それらのスマートフォン時代のスタートアップがIPOM&A、数ヶ月、毎年のように数千万、億単位の資金調達をし、成長していく様を横目により若い人材がスタートアップを始めるようになったと思う。皆が皆、そういったIPOM&Aを夢描いて挑戦していく。成功するスタートアップが世界中で増加することで起業への心理的なハードルは下がり、資金調達は前提、大学はドロップアウト、若い奴らでエネルギッシュに遮二無二働き、成功を目指す。
それはシリコンバレーでも同様である。

ミレニアル世代のスタートアップの葛藤

ミレニアル世代がはじめるスタートアップでは、ガレージで起業大学をドロップアウトして起業数千万、億単位の資金調達など、成長するエコシステムの中で、半ば神話化した既成概念と現実とのギャップは必ず生じているだろう。インターネット黎明期、スマートフォン黎明期ほど、暗中模索の中実行している訳でもあるまい。
ミレニアル世代のスタートアップは成功事例を知っており、自分自身も成功できると思っているはずである。成熟しつつある既存のテクノロジーと、VR、AR、AI、自動運転、ゲノム編集、ドローンなどのテクノロジーとどう向き合っていくべきかを考えているかもしれない。

17歳でティール・フェローシップに選ばれたジョン・バーナムはシリコンバレーのスタートアップが何を最終目的にしているかという疑問をよく抱いたという。つまり、シリコンバレーのテクノロジー企業は本当に世界を変えているのか、良くしているのか、または悪くしているのかという疑問である。バーナムはこれに対し、人生にとって何が良いものであるかを判断できる基礎が必要であると考えた。しかし成功の基準は得てして利益を上げているかである。バーナムは利益というのは人間の全体像でもないし、存在の意義でもないと考え、何をすべきか、なぜ世界はこのようになっているのかを勉強するため、シリコンバレーとは違う道を選択することにしたという。

バーナムの選択は人生の選択としては間違いでも正解でもないはずである。
そして彼の抱く疑問は最もであると思う。クレイトン・クリステンセンによるイノベーションのジレンマを考えてみても、スタートアップ、またはそのエコシステムというものは不可欠であり存在する意義があると思う。また、スタートアップの大半は死に、成功するのは一部だとも言う。であるから、チャレンジする母数そのものが増えること自体、1つの価値となるはずである。しかし一方で、既に成功しているスタートアップからもたらされる既成概念や遮二無二に働く同世代や自分自身、不自然な企業価値をみて、ふと我々の目的とはなんだったのか、そもそも何故世界はこうなっているのかという疑問を抱くのは当然のようにも思える。

スタートアップ・シリコンバレー・テクノロジーに対する1つの答え

「世界を変える」というフレーズはあまりに多用された結果、ある種の決まり文句になり、「本当に崇高な目的を追求している人間は誰かいるのだろうか?」と疑問に思うフェローはバーナム以外にもいたという。一方、シリコンバレーでも東京でも中国でも「金持ちになりたい」という欲でスタートアップをしている人はいるだろうが、これもまた、スタートアップは金銭や法律などに縛られず、S級の異端児どもが少数精鋭でテクノロジーをもって世の中を変えていくという既成概念とコンフリクトを起こしているだけと考えることもできる。

本書ではこれらについて、「シリコンバレーにせよどこにせよ、成功するためにはやはり懸命に働く必要があるのだ。」と結論付けている。
全くである。もし我々が成功するとしたら、1夜にしてビリオネアという神話や、既に成功しているスタートアップや世間のトレンド(AIやVRといったホットワードなど)に惑わされず、同世代の資金調達を涼しい顔で流し、ユーザーが欲しいと思うもの、またはユーザーが気づいていないだけで本当に必要なものを信じ、ただ懸命に働くというのは1つの考え方だろう。我々がそうでありたいと思うだけで1夜にしてビリオネアになったとされる起業家たちも、実際はそんなことは考えず、ユーザーのために、世界のために、または自分のために、ただ懸命に働いていただけかもしれない。結局、既存のスタートアップや既成概念は結果論でしかないはずで、スタートアップは結果から何かを選択するのではなく、何もないところから何かを生み出していかなければならないのだろう。

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